越谷を中心に健康保険を使った訪問リハビリマッサージ



 

 

 

 

 

  院長紹介

 

略 歴


 名前は 草刈伸司 と申します。男性、46歳(2014/7/26現在)です。よろしくお願い申し上げます。

 昭和42年東京都葛飾区に生まれ7か月後に埼玉県越谷市に引越してきました。

 地元の県立越ケ谷高校入学後、部活動の最中に何度か膝を痛め、スポーツを断念するだけでなく、体育の授業を3年間まともに受けることができませんでした。

 人生を考えさせれる高校時代から大学浪人時代にかけて鍼灸マッサージ師の道に進むことをひそかに決意。大学在籍中に夜間部の鍼灸マッサージ専門学校の入学試験に一発合格しなければ鍼灸マッサージ師にはならない、と自らに試練を課しました。

 國學院大學経済学部入学後、大学3年までは単位修得と同時に専門学校の受験勉強もしながらその学費のためのアルバイトで百数十万を稼ぎ、大学4年進級時に卒業に必要な単位数をすべて修得すると同時に東洋鍼灸専門学校の夜間部に合格しました。

 國學院大學経済学部卒業後まもなくして東洋鍼灸専門学校(夜間部)も卒業、平成5年、はり・きゅう・あんまマッサージ指圧師(国家資格)免許を取得、人生の最初の壁を乗り越えることができました。

 その後は臨床一筋に修行を重ね、平成1611月に「しろくま治療院」を開業しました。(「院長ブログ」にて「しろくま治療院」のことが少々わかります)

 そして平成265月「しろくまハリきゅう院」を新設、「しろくまリハビリマッサージ」を開設(「しろくま治療院」改称)しました。

個 性


 私の人生で一貫していることは「古いものに注目し、それを新しいものに作り変える」ということです。そういう意味ではこの仕事は天職といえるかもしれません。

 仕事に関しては‘より力の弱いもの’や‘より数の少ないもの’から順番に注目し、差別することなく援助してきたつもりです。

 (同じページのひとつ下「在宅ターミナルケアと‘仁(じん)’」をご参考下さい。)

所 属

 全日本鍼灸マッサージ師会 会員

 旧県立騎西高校校舎に避難してきた双葉町の皆様に対して鍼・マッサージの施術ボランティアを行いました。
 (「しろくまハリきゅう院」の中の「院長紹介」のやや下の方にある「騎西ボランティアを終えて」をご覧ください。

 

  在宅ターミナルケアと‘仁(じん)’

 

医の原点は仁


 Nさんは住み慣れたご自宅で家族にみまもられながら一生を終えられました。ご自身の遺志通りに誰もがうらやむような安楽な最期(さいご)を迎えられました。

 ある日私はいつも通りNさんの訪問リハビリマッサージをしながら、次のように私自身をNさんの立場に置き換えてみることにしました。
 「夢うつつのまま自由に動けない体で天井ばかり見上げている。死という未体験ゾーンに独りで立ち向かわなければならない。」
 そしてそんな状態でベッドの周囲を見回した時、どんな人が居たら安心するか想像してみました。
 自宅で家族だけで最期をみまもるにしてもその時に至るまでには他人という在宅ケアスタッフ(ケアマネージャー、医師、看護師、その他など)が関与することは必須でしょう。
 ご本人とご家族を陰日向から支えてくれる在宅ケアスタッフ。
「居ても気兼ねすることなく、しかも信頼できて、愛情深いスタッフがそこにいればいいな。」 …そう思いました。

「先生、私、苦しまないでコロッと逝(い)けるかね?」
 生前のある日、Nさんがこうたずねてきました。高齢になるとほとんどの人がそう願います。この問いかけには私は真摯(しんし)に応えました。
 ここで、もし深く考えずに
「きっと大丈夫ですよ」
というような差支えない受け答えをするとその適当な態度や心中は必ず見透かされてしまいます。はぐらかしたり逃げたりするとかえって不安をあおることになると思いそれもできませんでした。
 Nさんの場合、
「きっと最後の願いは叶うと思いますよ」
と私はやや確信をもってお答えしました。
 相手の立場に立って真剣に考えた結果であれば、わからなければ‘わからない’あるいは‘個人個人で異なる’と素直に答えればいいと思います。
 ご本人が一番深刻に悩んでいることに対してどれだけ親身になって考えてくれているか、そこが一番の問題点になってくるのではないでしょうか。(このNさんのような質問に対する返答はご自身の責任において各自でご検討ください)

 Nさんはリハビリマッサージが終了すると今生(こんじょう)の別れ際の様に
「先生、さようなら」
と冗談で言うことがよくありました。
 この日もいつもやるように
「本当にありがとうございました」
と例の冗談を演じていました。
 しかしこの日のNさんは握手したその手をなかなか離しませんでした。
 2日後、鈍感な私は軽いマッサージ程度はできるかなと普段通りに訪問したら、すでにNさんは口を開け肩で息をしていて意識はありませんでした。
 私が帰ってすぐにNさんは亡くなりました。

「この前の握手は冗談ではなかったんですね、おばあちゃん。」

 Nさんが亡くなってから何日かしてご家族から
「やっぱりお骨になる前に最後の顔だけでも見に来てください。」
と、お電話がかかってきました。
 そこで私は急きょ白衣のままお伺いすることになりましたが、この時ほど‘マッサージ師冥利に尽きる’と思ったことはありませんでした。

 日本には「おかげさま」という言葉があります。人は見えないところで今まで関わってきた人に良くも悪しくも思われて生きています。ひょっとしたらすでに故人になってしまった人からも思われているかもしれません。
 あの世に旅立たれる直前まで一緒にいて感謝される(個人の最期に立ち会える)職業は訪問マッサージ師ならではの特典です。身に余る光栄なお役目を頂きました。私の方こそNさんに‘有難うございました’と言いたかったです。

 皆さんは年輩者に感謝され、後輩たちに慕われる仕事をしていますか?また
「自分はこうやって仕事をしてきたんだ」と胸を張って言える仕事をしていますか?

 今回、お金では得られない価値観はやはり存在するのだなと実感しました。
 全ての職種に‘仁’の徳のある人はいらっしゃいますが訪問リハビリマッサージは仁のこころで接すると直接感謝の言葉がいただけるありがたい職業です。

 ‘仁’とは思いやり、慈(いつく)しみ、なさけ、といった意味です。

 ターミナルケアに関われる鍼灸マッサージ師は他の職種の医療従事者より先駆けて純粋な仁の模範を示していこうではありませんか!

 

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